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2006年02月02日

ユニオンミュージックセンター閉店

ユニオンミュージックセンターが閉店されるそうで、またひとつ久里浜っぽいものが消える。

とはいえ、たいした思い出があるわけでもなく、小学生くらいのときにレコード(いまでいうアナログ盤)を数枚買った程度しか記憶にない。中学生くらいになって、自分のおこづかいでレコードやCDが買えるようになるころには、横須賀中央のヤジマあたりでよく買っていたと思う。高校生になって、横浜あたりに遊びに行くようになると、HMVへよく通っていたな。

もう20年近く入ったこともないし、別にたいした思い出もないんだけどね。そこに当たり前のようにあった風景がなくなっていくのはとてもさびしいもので。音楽が絶えず流れるユニオンミュージックセンターの場合、それに加えて、あのあたりのゴミゴミとしたランドスケープのなかで、けっこう重要なサウンドスケープでもあったのだと思う。

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2006年02月14日

京都駅散策

京都駅の駅ビルにある「雨月茶屋」でランチ。第一候補はバイキング形式の他の店だったのだけど、すでに時間はランチタイム、おばはんが長い行列をつくっていたので却下となった。

「雨月茶屋」京都駅店は、世界文化遺産に登録されている醍醐寺の境内にあるお店の姉妹店だそうで、ランチといえども品のあるお料理だった。普段からろくなランチを食べていないのでなおさら。

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京都駅ビルも、完成した当初はさまざまな物議をかもしだしたことは、まだ記憶に新しい。一言でいえば、古都の景観にそぐわないとか、そんな議論だったと思う。少し時間がたって、現在の評価はあまり聞こえてこないけど、それほど悪いものでもないのだろう。保守的ではないけど、それほど奇をてらったものでもない。はたして古都っぽい駅ビルってどんなだろう?と想像はしてみたけど、お寺か神社風?総ヒノキ造?古墳風?この規模の駅ビルでは新しいもののほうがかえって自然なのかもしれない。

駅ビル内部は、他のよくあるターミナル駅とはかなり異なった趣をもち、ガラス屋根の大きな吹き抜けや、その吹き抜けの10階付近を貫く空中回廊などがあり、空間をぜいたくに使っている。空中回廊の途中には穴場的な展望台もある。改札付近から屋上まで一直線につながっている大階段では、今週末、駆け上がり大会が開かれると告知されていた。マジでタイムを競う体育会系なのかな?それとも、舞妓さんの仮装なんかしたりして一発芸系なのかな?

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2006年02月18日

「ビートから現代まで」VS「21世紀のアメリカ小説」

青山ブックセンターのホームページに掲載されているイベント・レポート『新春!佐藤君と柴田君「ビートから現代まで」VS「21世紀のアメリカ小説」』を読んだ。1月8日に青山ブックセンター本店でおこなわれたものだそうだ。事前に知っていれば行ってたのに。
最近は、ネットや新聞なんかでなにかほしい本をみつけてもamazonで頼んでしまうから、本屋に行かないばかりか、本屋のホームページさえもアクセスしなくなってしまった。大きな本屋のある場所には縁がなくなってしまったし、近所の本屋じゃたかが知れているし。本屋や図書館の質というものは、そのままそのまちの文化の高さ(低さ)を表わしていると思う。

対談のなかでも述べられているが、「ビート」というものは日本でも5~6年周期でブームになっているらしい(現在はボブ・ディランの伝記映画「ノー・ディレクション・ホーム」(2005)が公開中(ただし、渋谷と吉祥寺の計3館のみ))。ブームというほど世間一般に流行っている風にはみえないけど、確かに大きな本屋では特設コーナーができていたり、およそ純粋な文学からはかけ離れているサブカルやオルタナティブ(どちらも死語気味か?)な雑誌で特集が組まれたりする。現にぼくも、5~6年前、ビート・ジェネレーションの伝記映画「ビートニク」(1999)を観にいったから、そのブームにもろにのっていることになるのかもしれない。
時代がたつにつれさまざまな解釈がうまれ、過剰に美化もされてはいるのだろうけれど、何度となくブームは起きても、ビートのようなムーブメントはもう起こらないのだろう。なんというか、ハイパーリンクな世界には、アレン・ギンズバーグとジャック・ケルアックとウィリアム・バロウズのような運命的な出会いというものがうまれる土壌がないというか。この、目にみえないヴァーチャルなよくわからない、その気になればすぐにでも切断できる、なにかで繋がっているという、ネット世代あるいはケータイ世代の軽い感覚には。
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