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2006年03月31日

岩戸高校前の桜並木&ヴェルニー公園

岩戸高校前の桜並木を散歩してきた。おとといにも訪れているのだけど、肝心のカメラを忘れてきたので、再度行ってみた。2日前は桜も七部咲き程度だったので、この2日間でほぼ満開となったらしい。
久里浜地区では数少ない桜の名所のひとつとして数えられるわけだけど、全体的に樹も小ぶりで、形もどれも80年代の工業製品みたいにそろっていて、まだまだ歴史が浅いことがうかがえる。

そんなわけで、おとといは、着いてはみたもののカメラもないし途方に暮れていたところに、偶然にも知り合いに出会った。絶好の散歩日和だったわけで、もっと人がきているのかと思ったけど、じっさいには隣接する公園におばちゃん2人がいた以外は、たまにクルマが通り過ぎるくらいだった。ぼくらは近くの道をすこし散策がてらに歩きながら、名前の知らない木々や花々をケータイのカメラ機能で片っ端からメモっていった。ああ、それにしても、どうしてこんなにも知らない植物ばかりなんだろう。こんどから植物のポケット図鑑を携帯していたほうがよさそうだな。

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高校に限らず学校にはたいてい桜並木があったりするものだ。ぼくの通っていた学校にもすべて、同じ敷地か近くには桜並木と呼べるようなものがあった。それがちょうどいい時期に春休みだったりするのはもったいないと思った。もしかしたら昔はちょうど入学式を迎えるころに満開となっていたのかもしれない。地球温暖化の影響が、本当ならば年中行事を彩るはずだったこんなところにも表われているというわけか。

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おとといはさらに、よる、ヴェルニー公園を散歩した。よるのヴェルニー公園はどこか幻想的だ。バラ園が真ん中にあったりして、基本的に低木で成り立っている公園ということもあるのだろう、丸いライトが遠くまで見渡せる。
桜は両端付近に数本ずつあるだけだけど、どちらも花見にはじゅうぶんなヴォリュームをほこる。片方は1グループでもう定員となっていたし、片方は新しくできたレストランの一部と化してしまっていた。港の灯りにしても、やはりヴェルニー公園は光を楽しむ公園だと思った。

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2006年03月27日

CITI(BELL)

先週は3枚も不在者連絡票(よりによってすべて違う運送会社だ!!)をため込んでいたから、週末は受け取りにまわった。それから、無印で取り寄せてもらっていた商品も。
運送会社の指定する2~3時間の配達時間帯に合わせて家でじっと待っているのがどうも苦手で、たいてい自分から受け取りにいってしまう。急にどうしてもでかけたくなったりしない保証もないし。

その不在者連絡票と引き換えたうちのひとつが自転車用のヘルメット、「CITI」。主に、通勤・通学などのまち乗りをターゲットとしたものらしい。

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自分の身は自分で守らなければ、と思う。一時停止線で停まらないクルマや左折時に右側にしか注意を払わないクルマも怖いのだが、暗闇の自転車がいちばん怖かったりする。完全に陽が落ちたあとでも、7~8割の自転車はライトを点けていない(Cafe de MarronCoast調べ)。自分のことしか考えられないという性格がわかりやすい連中だ。まさに、まわりが見えていないんだろうな。
クルマを運転していても怖いと感じるけど、無灯火の自転車は即罰金か、轢いてしまっても罪にならない法律をつくってほしい。

2006年03月23日

品川駅港南口~高浜運河~京浜運河

東海道新幹線新駅開業後の最近こそ注目されるようになったが、品川駅港南口はけっこう魅力的な場所である。とくに、港南口から10~20分ほど歩いたあたりの高浜運河、京浜運河周辺は、およそ東京23区っぽくない空の広がりをみさせてくれる、少し前の雰囲気がそのまま残っている。建設中の高層マンション数棟を除けば。港南口周辺のインターシティやアトレなどの、ここのところの急激な変化とは無縁で安心した。

以前、この近くで働いていたことがあった。旧海岸通りを渡って、高浜運河を越えて、海岸通りまで、毎日のように歩いた。けっこう遠いし、けっこううら寂しい倉庫街だったりするわけだけど、けっこう嫌いじゃなかった。会社までの道のりなんてだいたい固定されてしまいがちだけど、途中に運河やそれを越えるためのいくつかの橋があったりしたおかげで、とくに遠回りをするわけでもなく、ヴァリエーションは豊富だった。

首都高でふたをされてしまっている日本橋川に再び陽をあてようとする動きが国や自治体レベルでも活発にみられる昨今、日本橋がさわがれるわりには他の河川や運河には人々の関心は薄いように思う。やはりパフォーマンスに使われているだけ?とくに都会では、水辺の空間は文句なしに貴重な資源であるはずなのに。

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