「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」(横浜美術館)
「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」へ行ってきた。2004年が生誕100周年だったこともあり、その前後に各地で展覧会が開かれていた。そのひとつ、イサム・ノグチにゆかりの深い香川でおこなわれたものには足を運んだ。横浜美術館での彫刻展は、それらがひと段落したあとの初の展覧会となる。
イサム・ノグチと神奈川は、幼少時代を茅ヶ崎で過ごしたことと、北鎌倉の北大路魯山人の邸宅の一角で陶器彫刻を制作しながら山口淑子との新婚生活をおくっていたことなど、少なからず関係がある。
神奈川県立近代美術館が開館した2年目には、魯山人の窯で制作した作品を中心とした個展が開かれている。「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」にも、そのときのパンフレットが展示されている。
また、こどもの国のプレイグラウンドもイサム・ノグチ作品であったが、当時のまま残されているものは少ないという。
彫刻家の作品というのは、絵画などと比べて、展覧会を開くのが難しいと思う。作品の多くは屋外に設置されているものが多い。なかには、すでにその場所と一体となっていて切り離すことが不可能なものもある。いや、むしろ、たいていはそうだろう。
「自然は敵か見方かどちらかだ」この展覧会で流されていた映像でも、イサム・ノグチはそんなようなことをいっていた。それは屋外に設置されているコンクリート製のベンチをさしての発言なのだが、風雨にさらされて劣化しているそれは、あきらかに自然を味方につけていた。
そういったアーティストの展覧会だ。現実的に、どうしても制作前の模型であったりプランであったりというものも多くなってしまう。やはり、本当の意思を知るためには、実物を観に行かなくてはならないわけである。イサム・ノグチほどになると、世界各地に散らばっているわけだが。
とはいえ、こういった展覧会を否定するつもりはまったくなく、いちぶがスケールを小さくした模型であっても、系統的に体感できる機会はとてもありがたい。また、それが本人の意図していないものにしろ、灯りによってできる影がまた美しかったりおもしろかったりもする。展示する学芸員も、絵画などとは比較にならないほど気をつかうことだろう。そういった意味では、イサム・ノグチの作品はいまも生きていて成長しているといえる。
イサム・ノグチと神奈川は、幼少時代を茅ヶ崎で過ごしたことと、北鎌倉の北大路魯山人の邸宅の一角で陶器彫刻を制作しながら山口淑子との新婚生活をおくっていたことなど、少なからず関係がある。
神奈川県立近代美術館が開館した2年目には、魯山人の窯で制作した作品を中心とした個展が開かれている。「イサム・ノグチ 世界とつながる彫刻展」にも、そのときのパンフレットが展示されている。
また、こどもの国のプレイグラウンドもイサム・ノグチ作品であったが、当時のまま残されているものは少ないという。
彫刻家の作品というのは、絵画などと比べて、展覧会を開くのが難しいと思う。作品の多くは屋外に設置されているものが多い。なかには、すでにその場所と一体となっていて切り離すことが不可能なものもある。いや、むしろ、たいていはそうだろう。
「自然は敵か見方かどちらかだ」この展覧会で流されていた映像でも、イサム・ノグチはそんなようなことをいっていた。それは屋外に設置されているコンクリート製のベンチをさしての発言なのだが、風雨にさらされて劣化しているそれは、あきらかに自然を味方につけていた。
そういったアーティストの展覧会だ。現実的に、どうしても制作前の模型であったりプランであったりというものも多くなってしまう。やはり、本当の意思を知るためには、実物を観に行かなくてはならないわけである。イサム・ノグチほどになると、世界各地に散らばっているわけだが。
とはいえ、こういった展覧会を否定するつもりはまったくなく、いちぶがスケールを小さくした模型であっても、系統的に体感できる機会はとてもありがたい。また、それが本人の意図していないものにしろ、灯りによってできる影がまた美しかったりおもしろかったりもする。展示する学芸員も、絵画などとは比較にならないほど気をつかうことだろう。そういった意味では、イサム・ノグチの作品はいまも生きていて成長しているといえる。