「明治記念館」(1881,1947)
従弟の結婚式に出席した。古式ゆかしい神前式。ホテルやレストラン・ウェディングとはまた一味も二味も違った、結婚式本来の趣が感じられた。二人の振る舞いも、それに見合ったものであったと思う。
披露宴は、その場所に相応しく、出し物や唄などの披露もない、どちらかといえばシンプルなものであった。本人たちの意向によるものなのだそうだが、非常に気持ちはわかる。もし自分が結婚することがあったとして披露宴を開くとしたら、仮にそのような申し出があったとしても丁重に断ると思う。結婚式とは、やはり本人たち二人が輝ける場であり、そこに余計な装飾やサプライズなど必要ない。とても素晴らしいものも観てきたが、なかには式を台無しにしてくれたものもあった。
とはいえ、司会も従弟の弟がおこない、さらにそのサポートにその弟のふたごの弟が入るという、とてもアットフォームな感じの式でもあった。「手づくりの式」的な発想は結婚式の定番であるが、なにか手づくりの”もの”があるのではなく、その”場”や”雰囲気”に手づくり感があり、とても新鮮だった。
会場となったのは明治神宮結婚式場「明治記念館」であった。赤坂御用地や神宮外苑に隣接するロケーションを裏切らない空間である。時の憲法案文の審議にも使用された由緒ある建物に、程よく手入れの行き届いた庭園がよく合っていた。
披露宴は、その場所に相応しく、出し物や唄などの披露もない、どちらかといえばシンプルなものであった。本人たちの意向によるものなのだそうだが、非常に気持ちはわかる。もし自分が結婚することがあったとして披露宴を開くとしたら、仮にそのような申し出があったとしても丁重に断ると思う。結婚式とは、やはり本人たち二人が輝ける場であり、そこに余計な装飾やサプライズなど必要ない。とても素晴らしいものも観てきたが、なかには式を台無しにしてくれたものもあった。
とはいえ、司会も従弟の弟がおこない、さらにそのサポートにその弟のふたごの弟が入るという、とてもアットフォームな感じの式でもあった。「手づくりの式」的な発想は結婚式の定番であるが、なにか手づくりの”もの”があるのではなく、その”場”や”雰囲気”に手づくり感があり、とても新鮮だった。
会場となったのは明治神宮結婚式場「明治記念館」であった。赤坂御用地や神宮外苑に隣接するロケーションを裏切らない空間である。時の憲法案文の審議にも使用された由緒ある建物に、程よく手入れの行き届いた庭園がよく合っていた。
