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2008年11月22日

秋の鎌倉 2008

鎌倉へ紅葉狩りへ行った。鎌倉の紅葉は12月に入ってからだと良く心得ているつもりだったが、ここのところ連日のように関東でも紅葉が真っ盛りだというニュースが流れていたので期待半分で決行してみた。
結果は、やはり例年どおりまだ早かった。それでも色づくのが比較的早そうな場所を選んで歩いたつもり。北鎌倉から鎌倉までのルートはこんな感じ。
北鎌倉駅→円覚寺→亀ヶ谷坂切通し→海蔵寺→小町通り→鎌倉駅。
明らかに紅葉にはまだ早いのに、小町通りの人ごみは尋常じゃなかった。ニュースに惑わされたくちか。

9月の横浜、10月のくりはま花の国・コスモス園に引きつづき、α300とR1の撮り比べをしてみたが、そもそも撮影枚数からしてR1のほうが圧倒的に多くなった。以下の写真も1番最後を除きすべてR1を使用。α300にも慣れなければはじまらないとわかっているのだけれど、いまいちピンとこない。やっぱレンズかなぁ・・・。


円覚寺・山門の紅葉。7、8割は色づいていた。

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円覚寺・選仏場。円覚寺でもっとも紅葉が進んでいたあたり。

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円覚寺・居士林。円覚寺境内にはカエデが多いとあらためて思ったが、残念ながらそのほとんどは色づく前だった。

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海蔵寺境内。赤い和傘が良い雰囲気。

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海蔵寺・山門前の紅葉。きょうみたなかでもっとも紅葉が進んでいた。

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龍口寺前で専用軌道を抜けて路面電車区間に差しかかる江ノ電。

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腰越の商店街を往く江ノ電。

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今回は七里ガ浜パーク&レールライドを利用した。
七里ガ浜の駐車場にクルマを停めて、七里ヶ浜駅から電車で移動。5時間分の駐車場代と江ノ電フリー区間(七里ヶ浜駅~鎌倉駅)、JR横須賀線フリー区間(鎌倉駅~北鎌倉駅)の2人分のキップがついてお値段\1,500!!普通に駐車場代を払うよりお得というすぐれもの。

「パーク&ライド」といっても別に新しいものでもなんでもなくかなり前から観光地などではおこなわれているのだが、周知方法がいまいちなのか、明らかにお得な割には世間一般の認知度はほとんどないから不思議だ。環境に配慮しているというポーズだけとらざるを得ないけどホントは流行らせたくないとか、誰かの陰謀か大人の事情でもあるのかと思ってしまうくらい。



2008年11月16日

「幻影の書」(ポール・オースター,2002,2008)

ポール・オースターはぼくの数少ないお気に入りの作家のひとりで、新刊がでると必ずすぐに入手して読むことにしている。とはいえそれは日本語訳の話で、残念ながら原書で読むことは困難なため、いつも母国で発行されてかなりたってから読むことになってしまう。
この「幻影の書」も原書は2002年発行だから少し前の作品ということになってしまう。コンスタントに日本語訳が発行されているからまだ幸せなほうで、読みたくても読むことができない作品あるいは作者も多いことを考えれば、柴田元幸氏の秀逸な訳(原書も読まずにいえることではないが)で読むことができるオースター作品はやはり特別なものだ。

「幻影の書」は他の多くのオースター作品でも用いられている手法"作品内作品"が、他のどの作品より前面に押し出されている(「スモーク」(1995)と「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」の関係は特殊な例だと考えて)。しかもそれは1つにとどまらず、複数の作品が出てくることも特筆すべき点だろう。また、小説内小説はよく用いられる手法であるが、小説内映画は映画制作を経験しているオースターならではだろう。

この小説のタイトルはどのような意味を持つのだろうか、読む前、読んでいる最中、何度も考えてみた。ぼくなりの結論としては、最後まで読み終えてはじめてそう感じたわけだが、この本の登場人物は「今」この世に誰も存在しないというところからとったのではないかと思った。登場人物だけではない。作品内作品もすでに消えてなくなっている(広く一般に公開されていたものを除いて)。そういえば、いろいろなものが消えていくのもオースター作品の真骨頂だった。



2008年11月09日

平作川クリーン大作戦 2008 秋

一昨年、昨年と異なり好天に恵まれ、今年の「平作川クリーン大作戦」は当初の予定どおりの日程でおこなわれた。よって、参加人数も多かった。

日ごろのおこないの成果なのか、年々ゴミは減ってきているようにみえる(微減ではあるが。あるいは、一定量のゴミならば慣れてきてしまっただけか?)。
毎年小学生~高校生の参加が多いが、彼らがその後継続的に(自主的に)参加するようになったという話は聞かない。授業の一環だとか一過性のイベントとしてだけではなく、住民がいかに日ごろから川や自然に関心をもつことができるか、財産だと思えるか、というところをもう少し考えたい。

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