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「オラクル・ナイト」(ポール・オースター,2003,2010)

34歳の主人公シドニーが病から復帰し、リハビリのためにブルックリンのまちを歩きはじめるところから物語ははじまる。
職業も違うし、シドニーと違って美しい伴侶もいないけれど、いまのぼくと似た境遇も少なくない。何かを書かなければという衝動や、年齢、リハビリの必要性など・・・。

その後、いくつもの物語内物語を核に話は進む。これほど入れ子に物語をからめている小説を他に読んだ記憶はない。
だけど、現実の世界におきかえれば、誰かが他の誰かのことを想えばそれは同じようなことなのだろうし、別に特別なことではないということにも気づく。病み上がりだろうとそうでなかろうと。



ジョージ・オーウェルの「1984年」がよく引き合いに出されるポール・オースターの「最後の物たちの国で」はディストピア小説とされるが、「オラクル・ナイト」に出てくるH・G・ウェルズの「タイム・マシン」もディストピア小説といわれる。
世に出る物語なんて、よくある話ではたいていつまらなくなるから、度合いの違いはあっても結果的にディストピア小説になることは多いのだろうと思う。ポール・オースターの場合はなぜだか決してSFチックにはならないけど。

もしタイム・マシンがあったら、「オラクル・ナイト」の主人公シドニーもいうようにウェルズの「タイム・マシン」の主人公のように未来へ行くのではなく、過去へ行くだろうな。迷うことなく。
だけど、未来永劫、タイム・マシンなんて発明されることがないことをぼくは知っている。だってそんなものがあったら、未来からぼくらの子孫がやってきて、絶対もっと良い世の中にしているはずだから。

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