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      <title>Cafe de MarronCoast</title>
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            <item>
         <title>「GALAPAGOS 003SH」(SHARP)</title>
         <description><![CDATA[Softbankのケータイを「X02NK」(NOKIA)から「GALAPAGOS 003SH」(SHARP)に機種変更した。Softbankの方針変更によりスマートフォン専用USIMなるものを導入したおかげで、スマートフォンからスマートフォンへの機種変更だけど、「X02NK」(NOKIA)は使えなくなってしまった。

<br /><br />

<img alt="mc_2011012801.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011012801.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

なにはともあれ、Androidデビューである。勉強も兼ねて。

<br />

そして、ひさびさの純国産メーカー製ケータイだ(PHSや業務用電話を除く)。ここ5台はNokiaかSonyEricssonだった。

<br /><br />

国産メーカー製ケータイを持つのはJ-Phone時代末期に発売された「graphica J-D06」(MITSUBISHI)以来。少なくとも国内でははじめてのデザイン重視のケータイだったと思う。

<br />

「NM502i」(NOKIA)とペアで使っていても、存在感は負けていなかった。

<br /><br />

<img alt="mc_2011012802.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011012802.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

ちなみに、スマートフォン専用USIMになってもSIMロックフリー端末「Nokia 7600」でのSoftbank網在圏は確認できた。

<br /><br />

<img alt="mc_2011012803.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011012803.jpg" width="560" height="420" />

<br /><br />
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         <pubDate>Fri, 28 Jan 2011 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「青春は美わし」(ヘルマン・ヘッセ,1916,1954)</title>
         <description><![CDATA[ヘッセとかゲーテとか、ドイツのクラシカルな作家の小説はたまに無性に読みたくなるときがある。なんていうか、余計なテクニックを使っていない文章というか、話の内容がリニアである場合が多いので、安心して読める。それに、日本のクラシカルな作家の文章を読んだあとにも感じることがあるような、読み終えたあとにすがすがしさみたいなものを感じることができるのも良い。

<br /><br />

<div align="center">

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</div>

<br /><br />

「青春は美わし」の物語自体は、主人公が何年かぶりに帰郷して昔好きだった女のコと再会するが失恋し、すぐまた他の女のコに恋をするが故郷を去る直前に想いを告げるもののまた失恋するという、ダメな男の物語ではあるのだけど、相手の女のコが良い人ばかりで、変なドタバタ劇も起きないのがまた良い。実際には、時代がいつであろうと国がどこであろうと、恋愛なんてもっとドロドロとしたことも起きているはずだろうけど。

<br />

いずれにしろ、現実は残酷であったとしても、時間がたてば、思い出は美しいまま残っていくものである。

<br /><br />
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         <category>books</category>
         <pubDate>Sat, 15 Jan 2011 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「アメリカン・サイコ」(ブレット・イーストン・エリス,1991,1995)</title>
         <description><![CDATA[上巻だけ読んでしばらく止まってしまっていたが、読み終えた。

<br />

現代の(正確には1980年代の物語だが)アメリカの病を読んだ気がした。タイトルのまんまだけど。

<br /><br />

<div align="center">

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</div>

<br /><br />

このすぐあとにサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」も読み返した。

<br /><br />

たまたまだけど、「アメリカン・サイコ」の主人公パトリック・ベイトマンはアーネスト・ヘミングウェイの「武器よさらば」が好きだといい、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の主人公ホールデン・コールフィールドは「武器よさらば」のことを理解できないという(代わりに「グレート・ギャツビー」をべたぼめする)。まぁ、そんなま逆の小説でもある。

<br />

ぼくも高校時代くらいまでは、ジャズ・エイジの作家のなかではフィッツジェラルドよりヘミングウェイのほうをよく読んでいたように思うけど、いつしか逆転していった。いまではヘミングウェイを読み返すことはほとんどなくなった。ヘミングウェイはたしかにうまいんだけど、心に残るのはフィッツジェラルドなんだな。

<br /><br />

野崎孝訳と村上春樹訳をもっているが、今回は村上訳を読んだ。直前にやはり読み返していたF・スコット・フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」も村上訳で読んだから。

<br />

「キャッチャー・イン・ザ・ライ(ライ麦畑でつかまえて)」「グレート・ギャツビー(華麗なるギャツビー)」も、野崎訳は名訳だと思う。

<br />

翻訳は現代語で訳した文章を読むことができるのが、長所でも短所でもあると思う。

<br /><br />

村上訳は小説としては一風変わっていて、あとがき的な文章がなにも付いていない。野崎訳には文末に「解説」が付いているが、村上訳の発行時には契約の関係上付けられなかったという。

<br />

しかしその辺は出版社側もうまくやったもので、発行当初、本屋などではあとがきに代わる文章として、新聞形式の別紙で”「キャッチャー・イン・ザ・ライ」刊行記念対談 「ライ麦畑でつかまえて」新訳を語る”が配られた。訳者の村上春樹とポール・オースターなどポストモダンな作家の翻訳で知られる柴田元幸による対談が、かなりのヴォリュームでたのしめる読み物だ。さらに後日、この対談が好評だったとのことで「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」(村上春樹・柴田元幸)なる本も刊行された。この本では二人の対談のほかに、村上春樹による「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の幻の解説と柴田元幸による短編(エッセイ？)「Call Me Holden」を読むことができる(これも偶然だが、「Call Me Holden」をパラパラ流し読みしていたらエリスの「アメリカン・サイコ」の話が出てきた。ホールデンに妹のフィービーや弟のアリーがいなかったらベイトマンみたいな男になっていたかもしれないと、語られている)。

<br /><br />
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         <category>books</category>
         <pubDate>Fri, 14 Jan 2011 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初春の鎌倉 2011</title>
         <description><![CDATA[取材も兼ねてお正月の雰囲気もまだ残る鎌倉を歩いてみた。

<br /><br />

<img alt="mc_2011011101.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011011101.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2011011102.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011011102.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2011011103.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011011103.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2011011104.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011011104.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2011011105.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011011105.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

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<br /><br />
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         <category>travels</category>
         <pubDate>Tue, 11 Jan 2011 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>a happy new year 2011</title>
         <description><![CDATA[<img alt="mc_2011010101.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2011010101.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

年賀状の画像は、4年連続で「マイクラ」(ニッサンUK)の写真となった。

<br />

ことしの写真は汐留のイタリア街で撮影した。クルマだけでなく、CMや雑誌などの撮影で使われる場所の、定番中の定番。撮影した日も、あとから2組の撮影隊が来ていた。

<br /><br />

ことしは本当であれば「1007」(プジョー)が車検だしクルマを買い換えたいところだったけど、それどころではなく、まずは生活のリズムを取り戻すことが目標。

<br /><br />
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         <category>letters</category>
         <pubDate>Sat, 01 Jan 2011 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>無印良品のめがね</title>
         <description><![CDATA[普段使いのメガネを無印のに換えてから約1ヵ月たった。ほぼ違和感がなくなってきた。

<br />

度数やなにかは以前のものと変えずにつくってもらったものの、瞳のレンズからメガネのレンズまでの距離がミリ単位で変わるだけでかなり視界に違いがでることを実感した。

<br /><br />

<img alt="mc_2010120801.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010120801.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

この10年間ほどは白山眼鏡店の本店で3本のメガネをつくってもらっていた。

<br />

老舗ならではのサービスの質の高さのほかに、ジョン・レノン御用達というブランド(ジョン・レノンも白山眼鏡店で3本購入している。30年前のきょう、熱狂的なファンだというマーク・チャプマンに射殺された際にかけていたメガネはそのうちの1本)にひかれたことも否めない。当時のぼくは、ジョン・レノンが訪れたことがあるお店と聞くとすぐに行ってみたくなるような単純な男だった(正確にはジョン・レノンは白山眼鏡店には訪れていない。店舗へ行くことによって起きる混乱を恐れて、泊まっていたホテルに白山氏を招いて選んだという)。

<br />

10年前といえばいまほど低価格のメガネも一般的でなかったから、その値段もまったく気にならなかった。むしろ、サービスの質を考えたら安いくらいだと思っていた。

<br />

最後に買ったオールチタン製のものこそレンズ込みで7万円くらいしたけど、ほかの2本は5万円以下だったと思う。

<br /><br />

それでも、1万円程度で購入できるさいきんの傾向をみれば、どうしても高く感じてしまう。それに加えて不安定な生活環境にいるという個人的な理由もある。いろいろなものをがまんすることは仕方のない代償だと思っている。

<br /><br />

3本とも壊れたわけではないし度数などの条件もすべて同じにしてもらっていて視力が合わなくなったわけでもなかったから、もちろん古いものを使いつづけることもできた。

<br />

だけど、気分を変えたかった。

<br />

洋服も長持ちするほうだけど、メインのメガネも10年近く変えていなかったから、気分転換の矛先がてっとり早いメガネに向けられた。ケータイもカメラもクルマも何度か変えているけど、メガネだけは変えなかった。

<br /><br />

新しいメガネは別になんてこともないデザインのものだし(無印のだからあたりまえか)、自分からいわなければ変えたことも気づかれないだろう。イメチェンにもならない。

<br />

世界の見え方が変わるわけでもない。

<br />

ただ単にてっとり早く自分のなかでなにかを変えたかっただけ。この10年間をなかったことにしたかったとか、そこまでおおげさでなくても、それに近い感覚がこういう動きをさせているのだろう。メガネにとってはとんだトバッチリを受けているわけだけど。

<br />

別にどんな方法でもよかった。とにかく出直しした気分になりたかった。

<br /><br />

ジョン・レノンの30回目の命日を前にこんな暴挙にでるなんて裏切り行為だとも思ったけど、メガネにたよらなくたってジョン・レノンの精神はもうぼくの心に刻まれている、なんていってみたくなる気持ちもあるし。

<br />

だけどたぶんまた、生活が安定してきたら、白山眼鏡店のメガネを買うときが来るだろう。決して高級品というわけではないけど、ぼくにはいろんな意味でぜいたく品だ。

<br />

きっと、この10年間もそんなに悪いものじゃなかったと思える自分がまた白山眼鏡店のメガネをかけているはず。

<br /><br />
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         <pubDate>Wed, 08 Dec 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「夜はやさし」(スコット・フィッツジェラルド,1934,1989)</title>
         <description><![CDATA[この前古本屋で見つけて買っておいた、F・スコット・フィッツジェラルドの「夜はやさし」を読み終えた。

<br />

この「夜はやさし」には2つのヴァージョンがあって、オリジナル版とフィッツジェラルドの死後に彼の指示にしたがって再編されたカウリー版と呼ばれる改訂版がある。いちど発表したあとに作者自らの意思で大幅なストーリーの改版をおこなうことはめずらしいが、これはあまりにもオリジナル版が不評だったことにフィッツジェラルドが悩んだ末に決断したことなのだそうだ(このあたりの経緯は、村上春樹の「ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック」が詳しい)。 

<br />

それにしても、読み終えるのに約1ヶ月もかかった。時間はとてもあったはずなのに・・・。

<br /><br />

<div align="center">

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</div>

<br /><br />

もともと文章を読むのに時間がかかるということと、上下巻からなる「夜はやさし」の上巻を読み終えたあとに他の本を何冊か読んでいたことも時間がかかったことの言い訳にあげられる。

<br /><br />

上下巻のあいだに読んでいたものは次のとおり。

<br /><br />

「アメリカン・サイコ(上巻)」(ブレット・イーストン・エリス)

<br />

ジェネレーションXを代表する作家の一人とされるエリスの代表作。サスペンスとかホラーとか官能小説とか、ジャンル分けがしにくい小説。やたらとジャンル分けをしたがるジェネレーションXを皮肉っているかのように。

<br />

これもまた上巻でとまってしまっている。

<br /><br />

「風立ちぬ」(堀辰雄)

<br />

八ヶ岳周辺の雰囲気は好きで、そういうことを思い浮かべながら読んだ。ここ何年か父親が入院している富士山のふもとの病院にもこの小説に出てくる病院周辺と共通する雰囲気があるためか、なぜだか親近感がある。

<br />

固有名詞や登場人物が多いジェネレーションXな小説を読んだあとだと、このミニマムな登場人物しか出てこない物語はとても新鮮。

<br /><br />

「動物農場」(ジョージ・オーウェル)

<br />

農場から自分たちをいいようにこき使う人間たちを追い出して、豚をリーダーとした社会を築きあげるところからはじまる物語。旧ソ連のスターリン体制を皮肉った寓話とされている(続編とされる「一九八四年」は、その革命が失敗に終わったあとの世界を描くディストピア小説)。

<br />

おもしろいのは、この物語の構図がなにも共産主義や全体主義に対してだけ当てはまるとというわけではないこと。民主主義とか自由主義とかいわれているような世界でも同じようなことが起きている。

<br />

ネットの世界なんて顕著な例で、誰かがどこかで情報を操作している、まさに全体主義の極致なんじゃないかとさえ思えてくる。

<br /><br />

「ベンジャミン・バトン」(F・スコット・フィッツジェラルド)

<br />

1、2年前にブラッド・ピット主演で映画化された際に相次いで2種類の日本語訳が発表された。そのうちのひとつは発売後すぐに購入して読んでいたが、もう一方のほうも買って読んでみた。

<br />

まぁ、訳者が違うからといって内容はたいして変わるはずもなく、今回読んだほうには他にも日本語訳が未発表だったものも含む短編が何篇か収録されていて、それ目当てで買ったようなものだ。

<br />

これだけメジャーな作家の作品なのにこれまで表に出てこなかっただけのことはあって、おもしろくないものもあった。そんななかでも、「最後の美女」の、読んだあとにおそってくる虚無感はいかにもフィッツジェラルドならではのものだと思った。

<br /><br />

あとは新書も何冊か読んだ。

<br /><br />

さて、「夜はやさし」の話だった。

<br />

昭和35年に翻訳されて、いちど廃刊になったものの、平成元年に限定復刻版として出たものを読んだので、日本語からして古くて少々読みにくかった。近年、新訳も出たそうなのでそっちを読むべきだったかな。

<br />

前半こそ華やかな雰囲気ではじまるのにそれ以降はなにひとつ成功しないし最後にはなにも残らないという転落の物語も、フィッツジェラルドの自伝的小説といわれているだけあって妙に説得力がある。普通なら後悔しても良いようなことも決してそうはいわない(物語の登場人物にいわせない)。自分がもうすでにすべて失っていることに気づきながらも、できるだけまわりの人を傷つけずに、自分からフェード・アウトしていく様は「グレート・ギャツビー」にも似ている。フィッツジェラルドの小説全般にいえる感覚なのだろう。

<br /><br />

それから、村上春樹の「ノルウェイの森」がこの作品を下敷きにしていることがよくわかった。登場人物やストーリーの展開といったプロットがほぼ同じだ。とてもこの作品に思い入れがあることがうかがえる。

<br />

村上春樹はフィッツジェラルドを何篇も翻訳しているし、ぜひ「夜はやさし」も翻訳してほしい。

<br /><br />
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         <category>books</category>
         <pubDate>Sat, 27 Nov 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>平作川クリーン大作戦 2010 秋</title>
         <description><![CDATA[ことしも流域の学校の児童や学生やその家族や引率の先生、地元の商店や企業の方々が多く参加された。
<br />
良いことではないが、成果も多かった。

<br /><br />

<img alt="mc_2010110701.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010110701.jpg" width="374" height="560" />

<br /><br />

<img alt="mc_2010110702.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010110702.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2010110703.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010110703.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

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<br /><br />
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         <pubDate>Sun, 07 Nov 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>くりはま花の国・コスモス園 2010 秋</title>
         <description><![CDATA[ことしの秋の花の街フェアは悪天候のため2日とも中止となった。昨年も直前に台風がきて、花の街フェア自体は開催されたが、コスモス園自体はあまり良い状態ではなかった。

<br /><br />

手前のほうを中心に状態の良い花がまとまるように植え替えられていたようだった。

<br /><br />

<img alt="mc_2010101801.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010101801.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

<img alt="mc_2010101802.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010101802.jpg" width="373" height="560" />

<br /><br />

<img alt="mc_2010101803.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010101803.jpg" width="560" height="374" />

<br /><br />

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<br /><br />

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<br /><br />

<img alt="mc_2010101806.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010101806.jpg" width="560" height="373" />

<br /><br />

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<br /><br />
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         <pubDate>Mon, 18 Oct 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「オラクル・ナイト」(ポール・オースター,2003,2010)</title>
         <description><![CDATA[34歳の主人公シドニーが病から復帰し、リハビリのためにブルックリンのまちを歩きはじめるところから物語ははじまる。

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職業も違うし、シドニーと違って美しい伴侶もいないけれど、いまのぼくと似た境遇も少なくない。何かを書かなければという衝動や、年齢、リハビリの必要性など・・・。 

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その後、いくつもの物語内物語を核に話は進む。これほど入れ子に物語をからめている小説を他に読んだ記憶はない。

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だけど、現実の世界におきかえれば、誰かが他の誰かのことを想えばそれは同じようなことなのだろうし、別に特別なことではないということにも気づく。病み上がりだろうとそうでなかろうと。

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<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=miurahantougu-22&o=9&p=8&l=as1&asins=4105217143&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=660000&bc1=FFFBF7&bg1=FFFBF7&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0"></iframe>

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ジョージ・オーウェルの「1984年」がよく引き合いに出されるポール・オースターの「最後の物たちの国で」はディストピア小説とされるが、「オラクル・ナイト」に出てくるH・G・ウェルズの「タイム・マシン」もディストピア小説といわれる。

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世に出る物語なんて、よくある話ではたいていつまらなくなるから、度合いの違いはあっても結果的にディストピア小説になることは多いのだろうと思う。ポール・オースターの場合はなぜだか決してSFチックにはならないけど。

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もしタイム・マシンがあったら、「オラクル・ナイト」の主人公シドニーもいうようにウェルズの「タイム・マシン」の主人公のように未来へ行くのではなく、過去へ行くだろうな。迷うことなく。

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だけど、未来永劫、タイム・マシンなんて発明されることがないことをぼくは知っている。だってそんなものがあったら、未来からぼくらの子孫がやってきて、絶対もっと良い世の中にしているはずだから。 

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         <category>books</category>
         <pubDate>Sun, 10 Oct 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>「エクスタシーの湖」(スティーヴ・エリクソン,2005,2009)</title>
         <description><![CDATA[「エクスタシーの湖」はスティーヴ・エリクソンの1作前の長編小説「真夜中に海がやってきた」(1999)の続編的物語になっている。いちぶ設定が異なるが、前作同様、クリスティンを物語の主人公としてはじまる。2004年、ロサンゼルスの中心部に突然巨大な湖"ゼッド湖"があらわれたところからはじまる。物語が進むにつれて内容は混沌としてくるわけだが、体裁も、もうどう理解したら良いのかわからなくなるほど混沌としてくる。

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おそらく原文にできるだけ忠実に日本語訳版も制作されたのだと思うけど、途中から1行だけ別の物語が挿入されるようになったり、インデントが不規則になったり極端に下寄りになっていたり、フォントが変わったり、空白のページがあったり・・・。物語の内容をよりリアルに表現するためにはこのような体裁が必要だったのだろう。

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なんでもありのWebでなら簡単に表現できるようにも思うが、よく考えてみるとこのような表現は、読み手はいつでも基本的に常に同一のページの枠内をリニアに読み進むことが前提の書籍ならではとも思う。

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"彼女の恐怖は、母であることよりも大きくなる。恐怖はそれ自体が恐れる危険に変身して(強制改行)それは湖と呼ばれることになる。"という文章がある。どこまでが本当の物語でどこからが登場人物の妄想？恐怖？なのかわからないことが多い。

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ポストモダンの作家のなかでもとくに前衛的な表現をしてきたスティーヴ・エリクソン。

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とにかくいちど読んだだけで理解することは難しかったので、また少し時間をおいて読みなおしたいと思う。

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         <category>books</category>
         <pubDate>Tue, 05 Oct 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「CX3」(RICOH)</title>
         <description><![CDATA[「CX4」も出たことだし、お値ごろ価格になってきていたリコーのコンパクト・デジカメ「CX3」を購入した。

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デジタル一眼レフ・カメラを購入してからは、どこへ行くにもなるべく持ち出すように心がけてきたが、さすがにじゃまに感じる場面も多いので、デジタル一眼レフ以下/ケータイ以上のカメラ購入をここしばらく検討していた。もちろん価格面も重要で、カメラに関しては用途に関してそこそこいろいろ分けて使いたいほうだから、動画機能は重視していないしなるべくシンプルなもので良かった。

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ということで、良い意味で肩に力が入りすぎていない「CX3」を選んだ。それに、リコーのデジカメは、伝統的にマクロ機能が強いのと写りにしても筐体にしても派手さがないところに好感がもてる。

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リコーのデジカメを購入したのは、大学時代にはじめて買ったデジカメである「DC-2」以来、実に14年ぶりのことになる。1996年のことだ。

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「DC-2」は、当時、10万円以下で購入できるデジカメでもっとも高性能なものだった。といっても、たったの41万画素のCCDだが。画質よりも、撮影後の楽しみ方の拡がりにデジカメの可能性を感じた。

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デビューは他校との野球の対抗戦の校内予選会だった。ブラウザで観ることができるようにHTMLでアルバムを制作して、それをフロッピー・ディスクにまとめて関係者に配ったりしたのをよく憶えている。当時はまだインターネットにつながっている者は多くなかったけど、情報系の学科だったので友だちはみんなWindows95のPCは持っていて、とりあえずInternet Explorerはインストールされていたからそういう楽しみができた(ぼくのPCはWinodws3.1だったけど、インターネットにはつながっていた。Netscape NavigatorとTCP/IPプロトコルのソフトウェアを通信販売で購入して)。

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違う学科を選んでいたらこんなに早くデジカメを買うこともなかったと思うし、ここまで、写真を撮ったりなにかをネットに公開したりするということに楽しみを感じるということもなかったかもしれない。こうして、「DC-2」購入は、ぼくの人生の大きなターニング・ポイントとなることになった。

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         <category>products</category>
         <pubDate>Mon, 04 Oct 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「ソウルボーイへの伝言 The Very Best Of Motoharu Sano A Message to Soul Boy」(佐野元春,2010)</title>
         <description><![CDATA[佐野元春のデビュー30周年を記念したベスト盤「ソウルボーイへの伝言 The Very Best Of Motoharu Sano A Message to Soul Boy」を購入した。

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初回限定盤についてくる書簡が良い。とても佐野元春らしいウイットにあふれるメッセージを読むことができる。

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30年もキャリアがあるアーティストを1枚のCD、16曲で語ることなどできるはずもないが、ヴォリュームだけ増やせば良いというものでもない。すでにデビュー20周年のときに2枚組みのベスト盤と1枚組みの裏ベスト盤的なアルバムをリリースしているし。

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アーティスト主導の選曲(オリジナル版かリミックス版かの選択も含めて)ということで、たった16曲の枠のなかにシングル以外の曲がわりと多く含まれているのが良い。ベスト盤という体裁であってもトータルでメッセージ性も持たせたいという意図もみえる。

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ラップやヒップホップのフォーマットに従ったアルバム『VISITORS』(1984)や『Stones and Eggs』(1999)からの曲が1曲も含まれていないことからも、クロニクル的ななかにも基本的にはR&Bアルバムなのだと理解している。近年「歌詞」に焦点をあてたテレビ番組(というか大学の講座)も持っているのに、スポークンワーズの歌も含まれていないし。

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ベスト盤といっても単純な利益至上主義にしないところが佐野元春らしい。

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]]></description>
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         <category>records</category>
         <pubDate>Sun, 03 Oct 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「BRAVIA KDL-46EX700-B」（SONY）</title>
         <description><![CDATA[10年ぶりにテレビを買い換えた。ミツビシの21型ブラウン管から、ソニーの46型LED液晶に。画面の広さは約4倍になった。でも届いて驚いたのはその大きさより、薄さかな。

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タイムリミットまで1年を切ったところで、ようやく地デジ化完了。

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さっそくいまどきのテレビっぽくネットに(有線で)つなげてみたりしたけど、まずユーザー・インターフェイス的に普通のリモコンじゃ厳しいな。必ずしもフル・キーボードが良い選択肢だとは思わないけど、レスポンスなんかも含めて、せめてケータイくらい直感的なインターフェイスがほしいところだな。

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レコーダーはエコポイントを使って買う予定だから、もう少し先になる。うちにはDVDレコーダー/プレイヤーすらなく、VHSしかないから、録画はしばらくあきらめるつもり。まぁ、もう何年も録画なんてした記憶がないけど。

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         <category>products</category>
         <pubDate>Mon, 20 Sep 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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         <title>「MW1302」（new balance）</title>
         <description><![CDATA[通勤用の靴を、実に3年半ぶりに新調した。ここのところ通勤用の靴としては3足つづけてニュー・バランスの革靴を購入したことになる。

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<img alt="mc_2010091101.jpg" src="http://cafe.kurihama.org/images/mc_2010091101.jpg" width="560" height="374" />

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チャリ通勤に対応して(革底でない)、スーツにも違和感なくて(革靴)、しかもある程度オシャレなものとなるとそれほど選択肢は多くないと思う。あと予算も限られたなかだし。

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靴は(服にしてもだけど)、少ない数の手持ちをはきつぶすまで使い倒すので、前の通勤用ニュー・バランスはかなりボロボロだ。それでもカジュアル用としてはもう少し余生をがんばってもらうことになるが。

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もっと回転を早めて、もう少しオシャレに気をつかったほうが良いのかな。リアルな古着は身体になじむ感じで嫌いじゃないけど。

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]]></description>
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         <pubDate>Sat, 11 Sep 2010 23:59:59 +0900</pubDate>
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